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十二支について

日本では毎年干支があり、干支の絵柄が年賀状等に多くみうけられ、今年は何年か意識する方も多いですね。

また、「何年生まれですか?」などと、お互いの会話の中に出てくることもあり、現在でも十二支は私たちの生活に浸透していますが、そもそも、どういうことなのかな?と一度は疑問を持った方も多いのでは。今回は、そんな素朴な様で実は奥深い十二支についてご説明いたします。

干支 卯干支 辰

十二支の始まり

中国の殷の時代に使われていた日を数える方法が十干(じっかん)です。

甲(こう)、乙(おつ)、丙(へい)、丁(てい)、戊(ぼ)、己(き)、庚(こう)、辛(しん)、壬(じん)、葵(き)の十で、その後、1から10までの記号として用いられるようになりました。

そして、十二支は太陽と月の関係で満月から満月で、一か月の単位を決め、それを12回繰り返し、それぞれの年に名前を付けて、12年で一回りする仕組みができました。

それが、

の12文字でした。

そして、これが十干と同様、方位や月や時刻を表すようになりました。

日本では、

日本に伝わったのは6世紀、7世紀ごろと言われています。十干と十二支を用いて、生まれ年、時刻、方位等表していました。

たとえば、子の刻は現在の午後11時から午前1時の間の二時間として、1日の24時間を十二支で分割していきます。「草木も眠る丑三つ時」は現在の午前二時半ごろです。

また、方位では真北の方角を子として、東が卯、南が午、西が酉、北東が艮(うしとら)、南東が巽(たつみ)、南西が坤(ひつじさる)、北西が乾(いぬい)と」なります。

“子午線”という言葉もここから生まれました。

やがて、干支は平安時代、陰陽五行説と結びついて、呪術的な要素を含むようになり、占いに用いられるようになりました。

例えば「艮(うしとら)にあたる方角は鬼門である」とか、甲子園や庚申塚などの地名はこの干支に由来して、つけられています。

現在でも残る還暦のお祝いは、この十干と十二支の六十の組み合わせで、年を表した名残で、ちょうど生まれた年の干支に戻ることを祝うものです。

今年は辰年。十二支の中で、ただ一つ、実在しない、創造上の動物です。水中や地中、そして空中を自由自在に駆け巡り、どこまでも行くことができると信じられています。

そんな、辰にあやかって、私も今年一年。頑張っていこうと思っています。

どうぞ、皆様、今年は羽ばたくように充実した一年となりますようにお祈り申し上げます。

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